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にしすーごと。

現役女子高生が本音を綴る学級日誌。

中学生ブロガーが教える、文章力をつけるたった5つの方法。

ブログ-ブログ論

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最近、文章を褒められることが多くなってきました。ほんとに光栄です。

本人は「もっといい言い回しがあるはずなのになんで思い出せないの!!」みたいなこと考えながら書いてるので、褒められると「もっといい文章を書かなきゃ!」と気が引き締まります。

 

どうやったらそんな文章が書けるのかと訊かれることもあるのですが、普段は曖昧にしか答えていませんw

じゃあ、どうすればいい文章が書けるのか。

そのコツは…

推敲しまくる 

これにつきますね。

 

当たり前やん!と思った方も多いと思います。そうです。当たり前のことです。でも、できてない人が多いのも事実。

魔法のように一瞬にして文章がうまくなる方法を知りたいとかの要望にはお応えできていないので、そのような方は回れ右でお願いします。(笑)

 

では、にしすーの文章力養成講座、スタートです!w

 

1.わかりやすい言葉で書く

難しい言葉は基本的に使いません。「使いません」じゃないな。正しくは「使えません」です。語彙力がないんです。(笑)
 
私の場合、あまりにもの語彙力の無さに、文末が似たような感じになりやすいので、文末表現にはすごく気を使います。特に「思います」や「じゃないですか」を乱用する癖があるので、使いすぎていないかいつも気にするようにしています。
 
小説や純文学に出てくるような、もってまわったような言い方は私にはできません。なにより思いつかないんです。そんな崇高な言葉が思いつくような能力があれば、こんな雑記ブログじゃなくて小説書いてますw
わかりやすい言葉とか簡単な言葉って誰でも使えちゃうし、複雑な感情を表すのに適していない部分もあるんですけど、そこは形容詞とか副詞を補ったりしてなんとかやってます。
 

2.誤字脱字は徹底的になくす

簡単なことのようですが、実はできていない人が多いです。よく、はてなブログのホットエントリーとかで見かけるブロガーさんの中にも、誤字脱字だらけの方がいらっしゃいます。
ブログに教科書みたいな文章は必要ないとよく聞きますが、教科書のような文章じゃなくても、誤字脱字は禁物です。
 
私は記事を書いたら公開するまでに最低3回は見直すようにしています。それでも誤字ってるときがあるので、そんなときは見つけ次第すぐに直します。
 

3.他人の文章を考察する

ツイッターとかブログを読んでいるときに、「こことここを入れ替えたらわかりやすいのに…」とか「この文末をこう変えたらもっとよくなるのに…」とかはよく思います。

文章を客観的に見る癖をつけておくと、自分の文章の推敲もしやすくなります。

 

粗探しみたいに、いつもいつも考察する必要はありません。ちょっと違和感を感じるなーってときだけすればいいんです。その違和感の正体は何なのか、2分だけ考えるんです。

まあ、別に本人に言う必要はないので、「自分はこう思う」で終わるんですけどね。

 

4.とにかくたくさんのいい文章に触れる

メディアのライターさんは素敵な文章を書かれているので、様々なメディアの文章を読むといいです。個人的には、はあちゅうさんや塩谷舞さんの文章は勉強になります。あと、媒体でいうとMTRLさんとか。

 

本でもいいです。本といえば小説を思い浮かべる方が多いかと思いますが、私がオススメしたいのはビジネス書。それも、元から日本語で書かれた文章です。日本語で書かれていれば、外国人の方が書いたものでもok。

なぜ、元から日本語の本でないといけないかと言うと、訳がされているものは硬い文章になりやすく、筆者自身の個性があまりでていないからです。

筆者の個性が存分に出ているエッセイとか読むと面白いですよ!

 

5.気に入った一冊を極める

前項で筆者の個性が出ている本を読めと言いましたが、これには理由があります。筆者の個性を自分のものにしてほしいからです。

 

あなたには、この本なら10回でも20回でも読める!という本がありますか?

無くても問題ないです。そういう本に出会ったら、何十回でも自然と読んでしまうものです。安心してください。まだ出会っていないだけです。この先、きっと出会えます。

 

気に入った本をくりかえし読むことで、その人の個性や書き方が自分の中にも浸透してきて、自然と書き方のバリエーションが増えます。

またもや、はあちゅうさんですが、私は「半径5メートルの野望」を覚えるくらい読みまくりました。おかげで、「思います」や「です」以外の文末表現を身につけることができました。

また、私の文章が常体と敬体を織り交ぜても破綻しないのは、はあちゅうさんの文章を読みまくったことで、自然と型が身についたからだと思います。

 

まとめ

結局はからだで覚えるのしかないのかなぁと思います。

 

物心つく前、それもよちよち歩きができるようになったくらいから、母が毎日のように図書館に連れて行ってくれていたそうです。夜、寝る前には、10冊以上もの本を読み聞かせてくれていました。一晩に10冊以上を毎日です。

 
私が今でも本を好きなのは、他でもない母のおかげです。
母が毎日毎日読み聞かせをしてくれていたからこそ、本の世界の素晴らしさを知ることができました。
小さいときから、本がずっとそばにありました。
 
 実は、それが一番大きいのかもしれません。一時期、本から離れたときもありましたが、そのときだってマンガは読んでいたし、やっぱり本と私は切っても切り離せない関係にあるのかなぁ、と思ったりします。(笑)
 
 

書き方の本はアクセサリー

文章の書き方なんて本も無数になりますが、一切読んだことがないです。いくつか気になってるものがあるので、テクニックを磨くためにも購入しようかなと検討してはいますけども。 

あの類の本を読んでも、得られるのはテクニックだけです。その前に基礎体力が必要です。自分の文章という土台が要るんです。文章の書き方の本で得られるのは、ほんのアクセサリーに過ぎません。

自分のからだには生まれ持った個性が宿ってるはずだし、すでにその個性を表現する服も持ってる。それを無視してアクセサリーだけ揃えようとするのは違う気がします。

真っ裸でアクセサリーだけするなんてのは、おかしいですよね。 

 

それに、全員に似合うアクセサリーなんてありません。今持っている服にどのアクセサリーが合うのか、そのアクセサリーが自分に似合うかどうかを判断する土台がなければ、本当にいい文章なんて書けっこないのです。 

 

まとめのまとめ

自分の中にある文章しか、表現することはできません。ないものを書くことはできないんです。
だから、文章力をつけたいと思ったら、まずはたくさんの文章を読んでください。そしてちゃんと消化し、自分の一部にしてください。
 

当然ながら、かくいう私も本当にいい文章が書けているわけではありません。これから自分に合うアクセサリーを探しに行かなきゃならないし、これから先、服だって買い替えなきゃいけない。そう考えると、いつまでたっても完全体になることはできないのかもしれません。それでも構わない。だけど、よりベターな文章を探し続けていきたいと思うんです。

 

追記(2016/1/20)

ツイッターでアドバイスをいただいたので、少し追記します。

 

どんな文章が考察の対象になったか

考察してもね、すぐに忘れちゃうんですよ。考察したこと自体は覚えてるんですけど、その内容は全く覚えてないんです。

 

特に気になるのは、補助動詞がひらがなになっていないとかですかね。「あれ?なんか意味がおかしくない?」という具合に違和感を感じます。

「変わって来た」と「変わってきた」では全然受ける印象が違いますから。

この場合は誤字もありえるのですが、上の項目でも書いた通り、誤字があると少しがっかりしますよね。

 

あと、ずっとずっと改行しないと読みにくいは当然なのですが、細かく改行されてすぎているのもうーん…と感じます。「そこじゃないだろ!」ってところで改行されていると気になるんですよ。

筆者の方なりに配慮をされているのかもしれませんが、文が細切れすぎて頭にすんなり入ってこないときがあります。

 

いいと思った文章は何か

いい文章の例について一日中考えていたのですが、具体例を思いつくことはできませんでした。この表現いいなと思ったらメモするようにはしているのですが、ネット上にいるときは手帳を広げないのと、他にも理由はあるんですけども。

 

どういう文章がいい文章なのかというのは一概には言えませんが、読みやすく、かつ勘違いが起こらないような表現をしているのが最低限の基準かなと思います。読者さんの時間を割いてもらって読んでいただいているわけですから、記事の内容だけでなく、改行とか句読点の打ち方が不自然でないかとか、細かい配慮をして然るべきです。

かなり抽象的ではあるのですが、本当にいい文章というのは、読者に対する配慮が存分に行き届いていて、かつ自分が伝えたいこともめいいっぱい表現できているものなのではないでしょうか。
 

ひつじのヒトコエ

もっといい文章を書きたい。

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