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にしすーごと。

現役女子高生が本音を綴る学級日誌。

いじめの解決案。SNSいじめの原因はネットリテラシーの低さにあった!

いじめ メンタル

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いじめって、いつになってもどこへ行ってもなくならないものですね。大人の間でもいじめはあるそうですし、逃げられないと言われればそうかもしれません。

LINEがきっかけでいじめに発展するというのが、現代のいじめの特徴です。LINEは非常にクローズドな空間で、教師が介入することは難しいと言われています。

  

LINEでのいじめってどうやって起こるの?

大規模グループラインの存在

まず気をつけておきたいのが、グループラインの存在です。

LINEをされている方はご存知だと思いますが、グループラインというのは、一度に大勢でチャットを楽しめるサービスのことです。

グループライン、めちゃくちゃ便利です。私はクラスのグループだけに所属するようにしていますが、友人同士のグループがあったり、部活のグループがあったりします。友人はともかく、部活やクラスになると20人以上の大規模なグループになってきます。

様々な人が所属していますから、SNSの手軽さとあいまって、いざこざも起こりやすいのではないでしょうか。

 

なぜグループラインがいじめのきっかけになるのか

グループラインというのは、ずばり大勢が狭い世界で固まって会話をしている状態です。当たり前のことではありますが、人がいっぱいいるとその分、良いこともありますし悪いこともあります。

 

SNSで簡単に誰とでもやりとりができてしまう時代。きちんと使う言葉を選ばなければ、自分の言いたいことが正確に受け手に伝わることはありません。

言葉を選んだとしても、伝わらないことだってあるんですから。

 

個人(1対1)や少数グループ(3人ほど)での失言や悪口ですら、エスカレートしてハブりに繋がったりするんです。それが、20人規模のグループになったときを考えてみてください。

 大規模なグループでは、たくさんの人があなたのそのメッセージを目にします。素直に言葉のままを受け取る人もいれば、変に解釈してしまう人もいるでしょう。

また、色々な人が所属しています。積極的に悪口を言う人もいるかもしれません。そんな人がいるだけで、いじめのきっかけができてしまいます。しかしそれ以上に、何も考えずに同調する人や既読だけつけて見て見ぬふりをする人もたくさん出てきます。

いじめの話題ではよく耳にすることではありますが、この何も考えてない人たちが他の誰よりもいじめを助長しているのです。 

 

 

いじめは楽しいという事実 

先日、こんな記事を読みました。

www.proof0309.com

当時、私はいじめが本当に楽しいと感じていました。

「いじめは1日100円かかりますよ。」と言われてもお金を払っていたでしょう。

 

それくらい「いじめ」が楽しかったです。

 

高揚感

優越感

満足感

達成感

その全てが得られるのがいじめでした。

 こちらの記事は、小学生のときに5~6人で一人をいじめていた方が書いたものです。

 

私は小学校のときにいじめられた経験がありますが、いじめてるほうは例外なく楽しそうでした。いじめっ子がどんな気持ちだったかなんて知らないし、知りたくもないけれど、ゲームみたいな感覚だったんだと思います。

さすがにドラマでよく見るような、トイレで上からバケツに入った水が降ってくるとか、髪の毛を切られるとかはありませんでしたがw

まあ、こんな話はどうでもよくて。

 

「いじめが楽しい」というのは、論理的には納得できます。いじめってそういうものかもしれない。楽しいから永遠になくならない。

上の記事では、「いじめ=ダサい」という文化がいじめ撲滅の鍵を握っているとのことでした。

 

どこからがいじめなのか

ドラマみたいないじめはなかったと言いましたが、はたしてどこからがいじめで、どこまでがいじめではないのでしょうか。

自分で問題提起しておいてあれですが、この線引きってめちゃくちゃ難しいです。

私の持論では、いじめられてるほうが「いじめられてる」と思ったらそれはいじめです。いじめたほうが「いじめてない」って言おうが、いじめられてるほうが「いじめられてる」って言ったらもういじめです。

 

誰もが言ったことのある悪口だって、いじめとまではいかなくてもいじめの原因・発端になり得ます。

大勢で少数を無視しはじめたら、それはいじめですし、特定の人物を狙って物を盗ったり隠したりするのもいじめになります。

 

けんかといじめは何が違うのか

男子では殴り合いのけんかというのもあるかもしれませんが、けんかといじめは全く違うものです。けんかがいじめに発展することはあっても、いじめがけんかに発展したりしません。

では、けんかといじめは何が違うのでしょうか。

 

けんかは元々仲のいい人たちの間で起こります。意見や価値観の相違から生じることがほとんどです。また、お互いが対等な関係であることが前提となっています。

いじめは、どうも相手に有無を言わせないところがあり、力関係が発生します。強者が弱者をいじめるという構図です。また、元々の人間関係とは関わりなく、いじめられるほうにとっては理不尽な理由でいじめられることも多いです。

人数で考えると、けんかは1対1、多くても1対3くらいのものでしょう。いじめには少数対大勢というイメージがあります。

 

外から見てわかることと言えば、話し合いや歩み寄りの姿勢があるかどうかくらいですかね。けんかでも冷戦状態だとさらに区別がつきにくいですし、人数だけではかれるものでもないですよね。

 

 

いじめの現場にいた人は何をするべきか

けんかに関してはなるべく本人たちで解決すべきだと思いますが、いじめに関してはゆっくりしている暇はありません。なにかおかしいなと思ったら、担任の先生でも誰でもいい。すぐに信頼できる大人に相談してください。

思いすごしだったなんてこともあるかもしれませんが、いじめが本格化するより一万倍マシです。

 

黙って見すごすのが一番ダメです。無言でいることが最もいじめを助長するのです。

何も言わないというのは「YES」を意味します。いじめを肯定していることになるのです。

 

知らず知らずにいじめを助長している傍観者たち

SNSいじめでも、現実でのいじめでも、本当に怖いのは何も考えずにただ見ている人たちです。彼らは良くも悪くも何も考えていないが故に、知らず知らずにいじめを助長しており、本人たちはそれに気づいていません。

 

冒頭のLINEいじめの例で言うと、彼らは既読だけつけて知らないふりをするのです。内容なんてちゃんと見ていないかもしれません。

グループラインでは、大勢に人が一度に会話します。なので、メッセージの量が異常に多くなってしまい、気づいたときには通知が50件、100件…とさかのぼるのも面倒なほどたまってしまっていた、なんてことも。

特に、いじめが起きているグループラインは、常に誰かが悪口や誹謗中傷を言い続けているという状況にあることが多いです。ノンストップで通知がたまっていきます。そんなの、もう見る気もしません。

 

でも、だからといっていじめの兆候に気づけなかったわけではないはず。見て見ぬふりをしているというのは、あながち間違ったことではないと思います。

 

いじめを見て見ぬふりしているあなたへ

あなたは本当にいじめを肯定しているんですか?違うのなら、一刻もはやく声をあげてください。それだけで救われる人がいます。

自分が標的になるのが怖い。そういうこともあるでしょう。

だけど、本当にこのままでいいんですか?あなただっていじめがある状況をよくは思っていないはずです。本当は安心して平和に暮らしたいはず。

ほんのちょっとの勇気です。お願いします。

 

 

SNSいじめの原因はネットリテラシーの低さにある

ネットリテラシーって何よ?

ネットに関するリテラシーってことです。(雑)

みんな大好きウィキペディアさんで「リテラシー」を検索すると

「何らかの表現されたものを適切に理解・解釈・分析・記述し、改めて表現する」という意味に使われている言葉

 リテラシー - Wikipedia

 という説明が。

ざっくり言うと、いろんなコンテンツやサービスを利用して自分の考えを深めようとする意識ってとこですかね。

 

なんにせよ、「ネットを有意義に使ってやろうじゃないか!」って人が少なすぎる。だから、バカなことをした写真をツイッターにあげる「バカッター」や、平気で人を傷つけるような言葉を書きこむ人たちが後を立たない。

ネットリテラシーさえ高ければ、みんな自然とネットマナーも守れるようになります。そもそも、有意義に使ってやろうとする人たちばかりなのだから、わざわざ自分の時間を無駄に使うようなことはしないはずです。

 

ネット本来の使い方を逸脱するからいじめが起こる

ネットは本来、自分の視野を広げるための場所です。

 

たとえば、普通に暮らしているだけでは出会えない人たちと簡単に出会えますよね。

昔は、その人たちがどんな考え方をして何をして生きてるかなんて、直接会わないと一ミリもわからなかった。存在すら知ることができなかった。

でも、ネットが普及したことで、著名人だけでなく一般人もSNSを使って発信するようになり、より多くの「本当だったら存在さえ知り得なかった人たち」と交流できるようになった。良い面・悪い面があるとしても、それは素晴らしいことです。

 

また、多くの情報の中から自分に必要なものを選び取っていかなければならないので、いったい自分が何に興味があるのかを見つめなおすことにもなります。

私自身、夢を持って楽しそうに努力し続ける大人たちと出会ったことで、将来に希望を見出せました。それだけでなく、常に新しい情報と向き合って自分の考えを磨きつづけることも学びました。

 

さも自分の使い方が正しいような言い方をしてしまってますが、私よりももっといい使い方があるので悪しからず。

 

ネットを正しく使えば、間違いなく自分のためになります。

ネット本来の正しい使い方を逸脱するから、SNSでいじめが起こるんです。いじめしてて人間的に成長しますか?当然しません。

 

使う言葉はその人の人間性をあらわす

冒頭で書いた通り、LINEは非常にクローズドな空間です。それに対して、ブログやツイッターは鍵をつけることはできるものの、オープンな場所。

私はブログに限らず、ツイッターやLINEでも人様に公開できないような言葉を発信しないようにしています。というか、それが書き手として当たり前のことだと思っています。

 

私は、一人ひとりが「情報を発信している意識」を持つことが必要だと思います。普段なにげなく発している言葉も、あなたという人間を伝える情報のひとかけらです。

 

思い返してみてください。

やさしい人が使う言葉は、どんなココアよりもあたたかくありませんか?

キツい性格の人が使う言葉は、とげのように鋭く聞いているのがつらくありませんか?

 

言葉は他の何よりもその人の人間性をあらわします。また、周囲の人が使っている言葉は伝染します。

言葉は恐ろしいです。自分の人間性はおろか、つきあっている人たちの属性までわかってしまうからです。

 

「バカって言った人がバカ」とはよく言ったものです。手垢のついた言葉ですが、手垢がたくさんついているということは、その言葉が真理であることの証明でもあります。

「あいつブスだよね~」と言っているその人の顔は誰よりもブサイクだし、「それな」って同調している人の顔だってそれと同じくらいブサイクです。

 

いじめをなくすには?

「いじめが楽しいという事実」という項で紹介した記事のとおり、「いじめ=ダサい」という文化をつくることがいじめ撲滅の鍵を握っています。そして、学校とは何がかっこよくて何がダサいのか価値観を学ぶ場所です。

学校全体をあげて「いじめってダサいよね」と声に出し続けるしかありません。

 

たとえばパチンコやゲームに全財産をつぎ込んで破産したとか、超ダサいじゃないですか。第一、生きていけない。

それと同じことです。

いじめやって学校やめさせられて行く高校なくなったとか、超ダサい。人生狂ってますしね。

それくらいやらないと、いじめはなくならないと思います。だって、いじめっ子にとっていじめは楽しいものなんですから。言葉はきついですが、一種の麻薬と言っても過言ではないでしょう。

 

善も悪もわからないくらい、いじめる楽しみに浸かってしまっているんです。すでに自分の頭で考えてないですよね。

というか、自分がいじめてるという自覚がないのかもしれない。正義を振りかざして、知らず知らずのうちにいじめていたなんてこともありますからね。

 

 

まとめ

つまり、何が言いたいかというとですね。

 

いじめてる人は、言葉には人間性が宿るから気をつけてください

他人を誹謗中傷する言葉を平気で使える人は、成長できない自分を棚にあげて他人を平気で誹謗中傷するような人なのです。一生そういう人生を歩んでいくんです。更生しない限り。

いじめをやめたくてもやめられないって人は、今変わらなければそういう人生しか歩めません。

 

いじめを見ている人は、何でもいい。声をあげてください。

見て見ぬふりをして、自分に嘘をついて、いらない十字架を背負わないでほしい。どうか自分の良心を裏切らないでください。

 

いじめられている人は、逃げてもいい。生きてください。

何がなんでも生き延びてください。それだけでいい。逃げ場はどこにだってあります。学校と家(と習い事)だけがすべてではありません。 

大丈夫。つらかったら逃げたっていいんです。

nisi-su.hatenablog.com

 

 

ひつじのヒトコエ

最後にひとつだけ。いじめはダサいです。死ぬほどかっこ悪いです。

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